過去の災害について

1972年(昭和47年)7月11日 豪雨災害

災害種別 土砂災害水害災害
 
 

概要

 
 

梅雨前線の影響で昭和47年7月9日から降り始めた豪雨は、15日午前9時までに三次の622mmを最高として、県北部一帯で500mm以上、沿岸部でも200mmを超え、記録的な大雨となりました。このため、県北部を中心として、県下全域に河川の氾濫、崖崩れ等が発生しました。この豪雨による死者・行方不明者は39名にも上ったほか、住家の被害 19,208棟を始めとして、農林地・公共施設棟にも大きな被害が出ました。

 
 

被害種別 数量 被害種別 数量
死者

35人

床上浸水 5169戸
傷者 105人 床下浸水 11031戸
行方不明者 4人 橋梁流失 313箇所
家屋全壊 349戸 道路損壊 4637箇所
家屋半壊 2171戸    
一部損壊 488戸    

広島県被害概要図(画像をクリックすると拡大します)
広島県被害概要図
「昭和47年7月豪雨災害誌(広島県)」より

 

 

気象状況

 
 

梅雨前線は、9日から10日朝にかけて山陰沖から中国地方を通って瀬戸内付近まで南下しました。このため広島県では9日午前中から所々で雨が降り始め、夕刻頃には全域にわたって雨が降り出し、9日夜に入って所々で1時間雨量が10mmを超える雨になりました。10日早朝には沿岸部の一部で1時間雨量が20~30mmを超える強い雨が降りました。このため9日午前9時から10日午前9時までの県内各所の総雨量は沿岸部の一部で集中して100mmを超え(呉117mm、竹原109mm)、その他の地域では20~50mm内外となりました。

その後、梅雨前線は12日朝まで瀬戸内付近から九州北部にかけて停滞し、その前線上を低気圧が東進したため、雷を伴う断続的な大雨が降り続きました。その間の県内における24時間ごとの雨量分布をみると10日午前9時から11日午前9時までの総雨量は県中部以北で100~230mm、沿岸部で70mm前後、11日午前9時から12日午前9時までの総雨量は県中部以北で100~240mm沿岸部は50mm内外で、いずれも県中部以北に集中しています。

12日午前10時頃から雨は再び強くなり、午後2時頃まで続きました(第3回目の強雨)。この間の1時間雨量は多い所で20~30mm内外でした。

9日午前9時から15日午前9時までの総雨量は三次の622mmを筆頭に県北部一帯では500mm以上、沿岸部でも200mmを超える記録的な大雨でした。

 

災害の状況

 
 

三次市-道床を江の川の濁流にざっくりとえぐり取られ、線路が曲がった三江南線

三次市-道床を江の川の濁流にざっくりとえぐり取られ、線路が曲がった三江南線(中国新聞社提供)

 
 

三次市-山崩れで不通となった芸備線

三次市-山崩れで不通となった芸備線(西三次~志和地間)

 
 

三次市-江の川、馬洗川、西城川の氾濫により市街地水没

三次市-江の川、馬洗川、西城川の氾濫により市街地水没(市役所庁舎から三次駅方面を望見)

 
 

豊平町-山崩れで一家4人が生き埋めとなり、子供2人だけが助かった

豊平町-山崩れで一家4人が生き埋めとなり、子供2人だけが助かった(中国新聞社提供)

 
 

庄原市-権現山の山津波により家屋2戸が全壊、死者2人、負傷者2人

庄原市-権現山の山津波により家屋2戸が全壊、死者2人、負傷者2人

 
 
三次市-馬洗川の堤防決壊により流出物や山となった十日市保育所前
三次市-馬洗川の堤防決壊により流出物や山となった十日市保育所前
 
吉舎町-馬洗川の氾濫で浸水した吉舎町の商店街
吉舎町-馬洗川の氾濫で浸水した吉舎町の商店街
作木村-江の川の氾濫で2階まで冠水状態となった湊地区の集落と流失した三国大橋
作木村-江の川の氾濫で2階まで冠水状態となった湊地区の集落と流失した三国大橋(中国新聞社提供)

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