過去の災害について

1999年(平成11年)6月29日 6.29災害(豪雨災害)

災害種別 土砂災害水害災害
 
 

概要

 
 

平成11年6月23日から降り始め、断続的に続いた雨は、29日に雷を伴った激しい雨となり、数時間にわたって降り続きました。この雨が引き金となって山崩れ、がけ崩れ、河川の氾濫、土石流等が多数発生しました。この災害で、広島県内の南西部を中心に、死者及び行方不明者32名となったほか、住家の被害は4,516棟に及ぶなど、甚大な被害が発生しました。

 

被害種別 数量 被害種別 数量
死者 31人 床上浸水 1284戸
傷者 59人 床下浸水 2763戸
行方不明者 1人 橋梁流失 箇所
家屋全壊 101戸 道路損壊 箇所
家屋半壊 68戸 堤防決壊 箇所
    田畑流失
    田畑浸水

 

気象状況

 
 

降水量分布図

 
降水量分布図

梅雨前線は6月22日夜に大陸東岸から日本の南海上にかけて停滞していました。

23日朝には大陸東岸で梅雨線上に低気圧が発生し、夜にかけて黄海に進んできました。これに伴って、梅雨前線が中国地方西部から北上し始め、広島県では昼前から雨となりました。

24日朝にかけて低気圧は、黄海から日本海に進み、夜には北日本に移動しました。
 
 

このため、一旦日本海に北上していた梅雨前線が、24日の日中に中国地方を横切り、夜にかけて四国地方まで南下しました。県内は、梅雨前線の通過で終日雨となり、所々で強く降りました。

25日午前中は梅雨前線の影響で雨が残りましたが、午後からは梅雨前線が四国南海上まで南下して小康状態となりました。

26日午後から梅雨前線上の九州西海上で低気圧が発生し、27日朝にかけて中国地方を通過しました。これに伴って、梅雨前線は四国南岸から中国地方まで北上し、26日午後から27日午前中にかけて県下全域で雨となりました。その後、梅雨前線が西日本の南岸まで南下したため、県内の雨は再び小康状態となりました。

28日午後から夜にかけて、梅雨前線上の低気圧が大陸東岸から黄海に進み、梅雨前線が九州南部から中国地方西部へ北上し、県内は夜遅くから雨となりました。

29日朝には梅雨前線上の低気圧が対馬海峡に進み、梅雨前線は中国地方の西部から北上しました。このため、梅雨前線に向かって南からの温かく湿った空気の流入が強まり、梅雨前線の活動が活発となって、県内に雷を伴った激しい雨が降りました。午後からは、低気圧がさらに発達しながら山陰沿岸をゆっくり北東に進み、温かく湿った空気の流入が一段と強まったため、所々で雷を伴った激しい雨が数時間にわたって降り続き豪雨となりました。

30日朝には梅雨前線が日本の南海上に南下し、県内の雨は夕方から小康状態となりました。

7月2日に低気圧が対馬海峡付近を東進して、梅雨前線が再び北上したため、3日夕方にかけ雨となりました。その後、梅雨前線は四国の南海上まで南下し、天気は回復しました。

6月23日から7月3日にかけての県内で総降水量が300mmを超えたことろは、広島県の地域気象観測所(アメダス)32ヶ所の内、県南部で13ヶ所、北部でも13ヶ所、合計26ヶ所となりました。特に、この期間の最大総降水量は、県南部で呉が446mm、北部では王泊が440mmとなりました。また、日降水量は、県南部で呉が186mm(29日)、北部では大朝が199mm(29日)となりました。3時間降水量は、県南部では、呉で155mm(29日16~18時)、北部では加計で69mm(29日13~15時)となりました。1時間降水量は、県南部では、呉で70mm(29日16時)、北部では大朝で39mm(7月3日01時)となりました。
 
 

被災時の状況

 
 

土石流と流木の氾濫状況
土石流と流木の氾濫状況

下流部の土砂堆積状況
下流部の土砂堆積状況

崩壊斜面と被災人家
崩壊斜面と被災人家(呉市警固屋5丁目2)

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